ロシア|東京大学大学院医学系研究科 国際地域保健学教室
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ロシア

母子保健のための家庭用記録とは?

母子保健のための家庭用記録は、母親や子どもが受けた保健医療サービスや成長のプロセスを記録し、活用するためのツールである。紙媒体もしくは電子媒体のものがほとんどで、通常は保護者(母親、父親等)が自宅に保管している。
この家庭用記録は世界各国で活用されており、現在まで少なくとも世界163カ国で導入されている。記載情報は、国や地域によって形式や大きく異なっており、一部の国では、多くの母親や子どもに行き届いていない。その費用対効果や、母親や子どもの継続ケアを改善したという体系的なエビデンスはまだ少なく、そのギャップを埋めることによって、この家庭用記録の質を高めることができる。

日本における母子手帳

母子保健のための家庭用記録の先駆者の一つとして、日本で約75年前に導入された母子健康手帳(以下、母子手帳)がある。母子手帳は妊娠経過を見守り、出産の際に生じ得るリスクを減らし、育児をサポートする効果的なツールである。 妊娠、出産、産後の母親と子どもの健康状況を継続的に記録して、活用できる。この時期に母親が抱く気持ちや感情を記録することもできる。
母子手帳には他にも重要な機能がある。例えば、母親と子どもを医療機関や医療制度につなげる有用なツールとして使える。市町村の役場や保健センターで母子手帳は配布されており、そこには地域情報も掲載されている。母親と子どもが医療機関で診察を受ける際に母子手帳を持参すると、看護師、助産師、産婦人科医、小児科医および歯科医等がさまざまな健康情報(妊娠の経過、子どもの成長曲線、予防接種などの記録)を記入できる。母親と子どもは母子手帳を通して医療従事者とのコミュニケーションを取ることができる。

現在、日本の母子手帳の多くは子どもが6歳になるまでの成長を記録できる。なかには、20歳までの成長を記録できる母子手帳も存在し、そこには思春期に生じる特有のニーズやに対応した助言も記載されている。多くの母親は子どもの結婚や成人を機に母子手帳をプレゼントしている。子どもは育ててくれた親に感謝し、親は子どもの成長を喜び、家族の絆を深めるツールにもなる。

参考文献

  • World Health Organization. (2015). Practical guide for the design, use and promotion of home-based records in immunization programmes. World Health Organization. https://apps.who.int/iris/handle/10665/175905
  • World Health Organization. (2018). WHO recommendations on home-based records for maternal, newborn and child health. World Health Organization. https://www.who.int/maternal_child_adolescent/documents/home-based-records-guidelines/en/
  • Nakamura Y. (2010). Maternal and child health handbook in Japan. JMAJ;53(4):259-65.

世界における母子手帳

2018年10月、世界医師会(World Medical Association)は母子手帳の開発および普及に関する声明文を発表した。

  1. 母子手帳は、母、新生児および子どもの継続ケアを改善し、かつヘルスプロモーションにも役立つ重要なツールとなり得る。
  2. SDGsにあるように、誰一人取り残されないようにこの手帳は使われるべきである。特に非識字者、移民家族、難民、少数民族、行政サービスが十分届かない人々や遠隔地の人々のために使われるべきである。
  3. 母子手帳は、母、新生児、および子どもの健康と福祉を向上させるためにのみ使用されるべきである。小学校等への入学のためのチェック項目として使われるべきではない。
  4. 母子手帳を利用した際、その効果を評価するための研究を推進すべきである。そして、現場におけるケアの質向上のために研究成果に基づいた提言をすべきである。

-参考文献:WMA 「母子健康手帳の開発と普及に関するWMA声明(日本医師会訳)

話す電子本「スピーキング・ブックス」:エチオピア

2005年米国・ワシントン D.C.で開催された Global Health Conferenceにおいて「スピーキング・ブックス」(Speaking Books® URL:https://speakingbooks.com/)が発表された。「スピーキング・ブックス」は、識字率の低いコミュニティに住む人が生活に必要な健康情報を手に入れるための低コストなヘルスプロモーションツールとして開発された。2010年にはエチオピア保健省と国際連合児童基金(UNICEF)のパートナーシップによって、母子保健・教育ツールとして紹介されている。エチオピア版スピーキング・ブックスには母子保健に関連した16個の重要な情報がエチオピア公用語のアムハラ語で録音されている。

母子手帳とQRコード:タイ

タイの母子手帳は裏表紙にQRコードが貼ってあり、読み込むことができる。QRコードを読み込むと、妊婦健診、性感染症の予防、家族計画の方法等の母子保健関連様情報を動画で視聴できる。また、タイ語版の母子手帳は全80ページをカラー印刷している、数少ないカラー母子手帳である。

子どもの成長過程に合わせた母子手帳:オランダ

オランダでは、2006年、GGD Amsterdam社によって「成長ガイド(The Growth Guide)」という母親と子どものライフステージ(妊娠前の家族計画から子どもの思春期)に合わせた7冊の母子手帳が作られた。オンラインでは子どもの健やかな成長に必要な情報を母親に提供するサービス「Groei Gids」も開始されている。このサービスでは子どもたちとの思い出の写真や動画を追加することもでき、成長アルバムのように利用できる。登録されたユーザー情報をもとに、ユーザーのニーズに合わせた情報を個別に提供することもできる。

参考文献

母子手帳:ロシアへ


ロシア語版母子手帳のパイロット版は2018年に親子健康手帳普及協会によって開発された。それをもとに、2018年9月26日、モスクワで開催された「母と子のためのフォーラム」において、ロシアの母子保健関係者に母子手帳が紹介された。
2019年5月には母子手帳の新プロジェクトが公式に始まった。ロシアからはロシア連邦保健省、保健省連邦国家予算機関 クラコフ名称産科・婦人科・新生児科科学センター(以下、クラコフセンター)、ロシア連邦子供健康医療研究センター(以下、子供健康医療研究センター)が、日本からは厚生労働省、外務省、東京大学、慶應義塾大学、十文字学園女子大学が本プロジェクトに携わってきた。2019年12月には、3機関(クラコフセンター、子供健康医療研究センター、東京大学)の代表者による定例会議が開催され、Memorandum of Understanding(MOU)が締結された。

その後、クラコフセンターの専門家によってロシア語版母子手帳のパイロット版が改訂され、ロシアの妊婦や母親に配布できるように準備が進められている。ロシアは国土が広いため、今後は電子版の母子手帳を作成する計画も検討している。母子手帳が母親と子どもの健康にどのような影響を及ぼすのか、それを評価するための研究を計画しているところである。

WeCanChange: 世界に向けた新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のヘルスプロモーション 活動

WeCanChangeは「We can change.」という単なるフレーズとは意味が異なる。単語間にスペースがなく、すなわち、物理的な距離がなく、頭文字は全て大文字となっている。こうすることにより、「WeCan(私たちはできる)」という強い力と「CanChange(変えることができる)」という早いスピードの意味合いをだす工夫をしている。

WeCanChangeプロジェクトは2020年4月に始まった。同時期、世界は新型コロナウィルス感染症(COVID-19)により大きな打撃を受けていた。人々の暮らしが脅かされる危機に直面していた時のことであり、それは今も続いている。こうして突如現れた新たな脅威を乗り越えるため、本プロジェクトはポジティブ・デビエンス(略称ポジデビ)とヘルスプロモーション活動を取り込んだプラットフォームを立ち上げた。

ポジデビとは、ないないづくしの中でも前向き(ポジティブ)でいられるためのちょっと変わった(デビエントな)行動のことである。国際医療協力や国際開発の分野で、先進的かつ持続可能な問題解決の糸口として、これまで注目されてきた。

一方ヘルスプロモーション は「自らの健康を自らが管理でき、改善できるようにするプロセス」(オタワ憲章, 1986年)のことである。ボジデビとヘルスプロモーション の概念は、個人を超えて、より広く、個人を取り巻く社会や環境を作り上げていくためにも重要である。

2020年4月以来、COVID-19に直面する世界の人びとが現状改善のため前向きに発した声を我々は発掘し、それを世界に発信してきた。憤りや失望のニュースが多く取り上げられる中、難局を乗り越えようと奮闘する政治家や社会的弱者の前向きなポジデビ行動をWeCanChangeプラットフォームでは取り上げてきた。我々はこのような人びとの行動を発信し、共有することでポジデビ連鎖を生みだしたい。重要なのは、ポジデビの影響を受けた人々が、新たなポジデビを生み出す「We」となることである。そして、ないないづくしの中でもまずは自分を、そして自分をとりまく社会を変えていけるようになってほしい、「WeCanChange(私たちは変えることができる)」と信じてもらえるようになってほしい。

現在、WeCanChangeには約15,000人のフォロワーがいる。世界中から集められた最新情報を入手するために、そして情報発信の場としても、ぜひフォローほしい。

参考文献

  • WHO. Ottawa charter for health promotion. Ottawa: WHO, Health and Welfare Canada, Canadian Public Health Association, 1986.
  • 神馬征峰. ヘルスプロモーションを超えて:健康か幸福か?日本健康教育学会誌. 2009;17 (4 ): 268-273.

学会:共有し合い、学び合う

2019年11月20日から22日にタイ・バンコク市で開催された第51回アジア太平洋公衆衛生学術連合年次大会において神馬征峰教授は「Developing a maternal and child health handbook that addresses a country’s health challenges: Framework of editing procedure under international collaboration」と題したポスター発表を行った。

2020年2月6日から8日にロシア・サンクトペテルブルグ市で開催された第6回ロシア周産期医療学会において、神馬征峰教授は「Mother and Child Health Handbook in Russia and Japan: Traditions and Innovations」と題した特別講演を行った。また、同日に開催されたシンポジウム「Mother and Child Health: A Modern Task for the Family and State. Health Handbook as an Effective Tool in Japan: Implementing in Russia」にて、

ロジー・ロイス・カランダン特任助教と坂本ジェニファー理沙特任助教は、「Home-based Records for Maternal, Newborn and Child Health」と題した口頭発表を行った。同シンポジウムで柴沼晃助教が司会を務めた。学会当日はロシア語版母子手帳のパイロット版をシンポジウム参加者に配布し、ロシアの母子保健の専門家や医療従事者と意見交換を行った。

2020年10月24日から28日にかけてオンライン開催された米国公衆衛生学会年次大会2020にて、坂本ジェニファー理沙特任助教は「The roles of maternal and child health handbook and other home-based records on newborn and child health: A systematic review」と題した口頭発表を行った。また、ロジー・ロイス・カランダン特任助教は、「Factors associated with the access and utilization of maternal, newborn and child health services in Russia: A systematic review」と題したポスター発表を行った。

“Baby, go global!” プロジェクト: 世界中のお母さんと赤ちゃんをつなぐ

2020年から約1年間、COVID-19の影響により人びとの移動が大幅に制限されてきた。社会全体も大打撃を受け、人びとの暮らしと生活の変化を余儀なくされた。しかしながら、止まない雨はないと言われるように、こんな日はいずれ終わる。そしてまた、以前のように安心できる暮らしが訪れる日がやって来るのは遠い未来のことではない。
“Baby, go global!” プロジェクトは、移動や渡航が制限された今の世界から解放された日のために立ち上げられたプロジェクトである。近い未来、渡航制限はなくなる。そして世界各国間で移動する人は増加する。それに伴い、多くの赤ちゃんも世界を移動することになる。本プロジェクトはこのような過渡期に誕生する新しい命の健康を見守り、子育てをする母親や家族を応援したい。

“Baby, go global!” プロジェクトは妊産婦を対象にしたソーシャルネットワーキングサービス(SNS)である。サービスに登録したユーザーは妊娠、出産、育児に関する情報を世界中どこにいても記録でき、妊娠の経過や子どもの成長を継続的に観察できる。
このSNSは世界各国の母親が個々の経験を共有し、つながれるプラットフォームをも提供する。WHOのWorld Health Report 2006にあるように、母親は赤ちゃんにとって最初のヘルスワーカーである。その貴重な経験は大いに共有する価値がある。
ユーザーはプライベートプラットフォーム(個人メッセージ)とパブリックプラットフォーム(公開メッセージ)の両方にメッセージを投稿し、情報共有ができる。妊婦健診、産後健診、および予防接種の時期になると連絡が来る機能も設定できる。フォトアルバムには画像をアップロードし、子育ての大切な思い出を記録することもできる。フォトアルバムは公開または非公開にする設定ができ、他のユーザーと共有することも可能である。妊産婦が産前の危険な兆候に気づける情報を掲載した辞書機能があり、近くの医療施設にアクセスできる情報も含まれている。
Baby, Go Global!はまず英語とロシア語で利用可能になる。今後ほかの言語にも対応でき、より多くのユーザーに届くように開発していく予定である。このツールを通じて母親と子どもが国や言語を問わず医療サービスを利用できるようになり、国境をこえて、協力的かつグローバルなコミュニティを築いてくれることを願っている。大変な時期だからこそ、我々一人ひとりが世界に向けて何ができるのかを考え、行動すべきである。このイニシアチブを通して、多くの赤ちゃんが健康に、世界に羽ばたけるように応援したい。