ポジデビ|東京大学大学院医学系研究科 国際地域保健学教室
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ポジデビ

ポジデビ(ポジティブ・デビエンス)の研究と実践

ポジデビとは

ポジティブ・デビエンス(略称ポジデビ)は、「ないないづくしの中でも前向き(ポジティブ)でいられるためのちょっと変わった(デビエントな)行動」のことです。国際医療協力や国際開発の分野で、先進的かつ持続可能な問題解決の糸口として、これまで注目されてきました。

一般に、社会課題を解決するための取り組みでは、課題を抱えている人々を対象に、課題を解消するために何ができるかを考えます。大規模な援助や支援で課題を解消しようとすることもあれば、課題の背景にある環境(貧しさ、教育や就業機会の不足など)に着目することもあるでしょう。一方、ポジデビ手法では、劣悪な環境のもとで多くの人々が課題を抱える中で、同じ環境にいても課題を解消している人々の実践や行動に着目します。課題を抱えている人々とそうでない人が学び合い、皆が実践できる解決策を創り上げていきます。

ポジデビのはじまり

ポジデビ手法の最初のモデルとなったのは、国際NGO セーブ・ザ・チルドレンによるベトナムでの栄養改善対策です。

1990 年当時、ベトナムの5歳未満児の約65%が栄養不良でした。米国セーブ・ザ・チルドレンによるパイロット・プロジェクトの対象となった村々では、3歳未満児約300人のうち64%が栄養不良でした。プロジェクトを主導したスターニン夫妻は、ここで栄養不良でない36%の子どもたちに注目します。その中には、裕福な家庭の子どもたちだけでなく、栄養不良の子どもたちと同様に貧しい家庭の子どもたちもいました。

なぜ貧しい家庭の子どもたちの中に栄養不良ではないケースがあるのか、専門家と村人が一緒になって観察が始まりました。そこで、3つのポジデビ行動を見つけました。

  • 食事の種類:さつまいもの葉っぱ、田んぼでとれる小えび、小かにを食べる。
  • 手洗い:食事中、子どもたちの手が汚れるたびに、大人たちは手洗いをさせている。
  • 食べる頻度:兄・姉、祖父母、近所の友人に頼み、一日4~5回、子供に食事をあげるようにしている。

大規模な援助や支援ではなく、パイロット・プロジェクトの対象となった村々の住民からこのようなポジデビ行動が見つかったのです。このポジデビ行動を皆が実行できるように、村人が協力し合って子どもたちの栄養改善の取り組みがはじまりました。さらに、ポジデビ行動を実践していた村人たちが先生となり、パイロット・プロジェクトの対象村以外にもこの取り組みを広めていきました。

(この節の内容は、Positive Deviance Intiativeウェブサイト[https://positivedeviance.org/background]、神馬征峰. ポジデビ・アプローチとは何か? (連載「ポジデビを探せ!」1). 公衆衛生. 80(11):853-58.をもとに作成しました。)

ベトナムの栄養改善のケースでは、ポジデビ手法の特徴である以下の4点が含まれています。

世界のポジデビ手法

ポジデビ手法は、栄養不良だけでなく、世界中の社会課題解決に使われるようになってきました。2010年には、世界中の実践をまとめた「Power of positive deviance: How Unlikely Innovators Solve the World's Toughest Problems」が出版されました。この本は、今でもポジデビ手法の教科書として広く読まれています。この本で紹介されている実践は以下の通りです。

  • 子どもたちの栄養改善(ベトナム)
  • 女性性器切除の防止(エジプト)
  • 院内感染の防止(アメリカ)
  • 製薬企業のマーケティング(メキシコ)
  • 女性兵士の社会復帰(ウガンダ)
  • 乳児死亡の防止(パキスタン)

ポジデビは必ずしも国際開発や保健医療の課題だけに使われるものではありません。近年では、企業、教育現場、公共サービスなど幅広い課題にポジデビ手法が使われています。

国際地域保健学教室でのポジデビ研究

国際地域保健学教室では、修士課程、博士課程の初年度にポジデビ手法について学び、多くの学生が修士論文研究や博士論文研究でポジデビ手法を取り入れています。これまでに、次のような研究でポジデビ手法を使いました。

ここでは、ウガンダでの「望まない妊娠と性感染症を防ぐためのコンドームとホルモン配合避妊薬併用法の実践」について紹介します。

女性の望まない妊娠を減らすこと、HIVをはじめとする性感染症を減らすことは、サブサハラ以南アフリカ諸国の共通の公衆衛生課題です。この2つの課題を同時に解決するには、避妊効果の高いホルモン配合避妊薬と性感染症予防のためのコンドームを併用すること(デュアル・メソッド)が効果的です。ウガンダでは、デュアル・メソッドを実践するカップルの割合は低く、この研究でも150人の女性のうち、デュアル・メソッドを実践しているポジデビ女性は9人でした。調査対象の女性たちは、男性パートナーへの説得の難しさやコンドーム入手の難しさや煩わしさを感じていました。にもかかわらず、ポジデビ女性は、保健所などからのメッセージをパートナーへ伝達する、パートナーへの説得を粘り強く行う、コンドームの使用方法をパートナーへ教える、コンドームを複数の入手源から得ているなど、ユニークな行動をしていました。調査結果は、女性同士のピアサポートによるデュアル・メソッド普及介入を設計するために活用されました。

ポジデビ研究でも、ポジデビ手法の実践で行われていたことと同様に、困難な状況にある人々の中から優れた行動を実践している人々の行動を特定します。しかし、上の研究に限らず多くのポジデビ研究では、当事者の声を聞きつつ研究者がポジデビ行動を特定し、まとめることが多いようです。また、ある地域でうまく実践されているポジデビ行動が他の地域でもうまくいくとは限りません。ポジデビ行動をうまく特定するにはどうすればいいのか、研究としてポジデビ行動の効果を客観的に測定するにはどうすればいいのか、ポジデビ手法で発掘した解決策を普及させるにはどうしたらいいのか、などポジデビ研究には多くの課題があります。

「ポジデビ持続可能社会ファンド」

ポジデビ手法、ポジデビ研究はまだまだ発展途上です。国際地域保健学教室では、外部の企業や団体とともに、人々の健康増進のためのポジデビ行動を発掘し、その成果測定を進化させるために、「ポジデビ持続可能社会ファンド」を設置しています。ポジデビ持続可能社会ファンドは、皆さまからの寄附や外部の企業・団体との協働により活動を行っております。詳しくは、ポジデビ持続可能社会ファンドのウェブサイトをご覧下さい。